採用困難度と、採用負荷レベル

  • 2019.04.25 Thursday
  • 08:15


難治性疾患の採用困難度と
就労負荷レベル

というものを図解した。
福祉的就労から
非正規雇用
正規雇用
有期か無期、雇用保険、社会保険、残業時間の有無、賞与、転勤、
そうした条件と仕事で引き受ける就労負荷、今の段階からまずどこを目指しすのが、体調やキャリア、他の横に並ぶ先行者とのバランスがとれるか。

だいたいどのあたりを検討しているのか、ある程度検討しておきたい。



難病患者の就活とは

  • 2019.04.25 Thursday
  • 08:07




難病患者の就活の中での割合
?のハローワークを利用した採用が多い。次いで福祉的就労。
在宅求人は一定のスキルが必要、まだまだ求人が少ない。

民間の紹介会社やら派遣を活用しての就活をしている方々もいる。
どういった働き方がいいか、
最初に考えながら、体調やキャリアプラン含み、考えながら。

仕事の再現性

  • 2019.04.23 Tuesday
  • 07:35


会社の就活場面で


書類選考や面接を通じて

つまるところ

任せたい仕事をやってもらうことや、
成果をあげ、利益に繋がること
企業活動の目的にそって、働いてくれさえすればいいという

採用の際の再現
労務の再現性がイメージできるかどうか


書類や面接を通じて
相手の頭の中の採用イメージを形成できるかどうか


書類にはある程度規定したルールがあるため、技術として書類作成の精度が超えているのがいいように思う


書類は磨くことで通過しやすくなる


仕事と航海と登山と

  • 2019.04.22 Monday
  • 22:00



仕事の例え話


川の流れに乗り、流されながら、ボートで流れ着いた場所は海


川は、学生時代から、社会人になるまでの過程を象徴としていて

一定の流れにより流れていく
海は社会に出て『働く』という人生の一部を表していると仮定してみる

海に出て

最初に大多数の人がすることは

海を航海するために乗り込む船(会社・職場)を探すこと


A氏:「船には定員があり、
大きな船(会社・企業・職場)には既に大型船らしい船員が乗船しており、
乗り込める数も、能力にも制限がある
大型船の馬力や安定に見え、無期に乗っていられるので、
至極魅力にうつるが、
最近は、そうした大型船も、航路の判断が遅れ、船積悪化や、ビジネスのパラダイムシフト
により、
ずっと乗っていられるとも限らないとも言われているらしい…

中型船は、かなり乗れる船がたくさんあるが、やはり、乗船は厳しい審査があるときいていたが、

周りの乗組員によると
最近は、毎年、乗船する職員が60万人以上減っているため、
人が集まらないで、船が動かせなくなることもあり、
航海を取りやめるところも現れたり、
大変らしい。

大変なまま無理をして航海をしていると、他の乗船員に負担がいき、
体調が悪くなる人も増えるため、
やはり、どこの船も、乗組員は集めておきたいところだが、
なかなか条件がよくないと、評判がでると、人が集まらなくなる。」


B氏:「なるほど、人出がこれだけ不足すると、船(企業)も、乗船の要件を変えたり、いろいろな多様な乗船員が乗れる仕組みに乗船の規則を変えていかないと、職員が集まらず、動きが制限されたり、
船を減らす必要も出てくるのですね。」


A氏:「そうそう、昔から、こういうんじゃ
『変われるものが、生き残る』とね」

B氏:「変化を直視し、受け入れるかどうか』(ビジネスで既に柔らかな発想をもっている企業は、このあたりの対応にも柔軟性があり、事情によらず、何かフルタイムで働きにくい事情がある方々の雇用にも前向きに取り組みはじめている。)


B氏:「船も大きさだけで、安心、とは考えにくくなってきたんだね」


A氏:「沈むときは、どんな穴でも放置したら、沈む。早いもんじゃ。」

「小型船(小企業)は大型船と違い、小刻みに舵取りがしやすいかもしれないし、自分で始めてみる選択肢もあよ」



海に出て、この大きな海を航海する船や手段を選ぶ。


乗れる船を選ぶと同時に、
船の中でやる作業も、
時に調整が必要だろう
どの船に乗り、
どこを担当するのか…
願わくば、
・他の人より相対的に得意だったり、 ・好きだったり
・楽しいと感じたり
・ストレスが他の仕事より少なめだったり
・やりがいや、価値が感じられたり
・生計が安定できたり
・見通しがたちやすい

そして、

働いている時間がやや短く感じられるようだったら、
職業特性と適している可能性は高いといえるのではないだろうか


そもそもな職業特性が活かせていない場合、
おそらく、作業時間は、通常と比べ長く感じることだろう。

船内で、どのパートが得意か。
あるいは、できるか。
自分自身が大切に想う価値とはどうか。賃金や将来の展開は?

自分自身の価値観も、生活や、体調も変わっていくなかで、
船内での仕事を選ばないといけないことは、それ自体、大作業のように感じられてくるが…


船を選び、
船の中の仕事を選ぶ

そして
航海を続けるなかで、
自分自身を磨く仕事を見つけたり、
仕事を、通して自分自身が育っていったり

何を通じて、周りの皆と仕事をシェアし合いながら
人生の旅を続けるか、



時に次の島で、船を乗り換えたり
自分の船を作り、自分のペースでじっくりといく船旅も可能かもしれないが、
なかなか仕事を育てることは簡単ではないなか、
種まきをしながら、
まずは、皆と同じ船旅をしながら、
したしたと準備をする時間を蓄えるのも方法かもしれない。

川から
海へ、

この船旅の例えがしっくりとこない場合、

緩やかなら道をあるいて、山に抜けるとい行程に当てはめてみるのはどうだろうか

どの道を歩き

どの山を登るか?

険しい山も、なだらかな山、山脈
高原もあるだろう

登った山が思いの外、見合っていない場合も、時に山中で迷い、
月明かりや

星の位置で、自分のいく道に気がつくこともあるだろう

さて、
どの山に登るか?


海にしても、
山にしても、その道や航路に熟知したガイドに、まずは、いろいろ尋ねてみることは、
決して無駄にはならないのではないだろうか(しかし、大抵、熟知したガイドを探すことがまず最初のチャレンジになるが)

自分でいく道や航路を決めることが、
自分の人生の所有者になる近道といえるかもしれない

最初から高い山を目指した場合、

身体の準備がまだ十分に順応できない場合、
高山病になるかもしれない。


徐々に高みに身体機能を慣らしていくことを、高度順応というそうで、


徐々に希望や理想に近づくように、体力やスキルを整えながら計画的に登る方法もある

山登りでは、自分の今の力量や体調を把握し、無理をし過ぎないで、コンスタントに登っていく、

安全に登るのが、どこまで登れるか?より、優位であるのは、

言うまでもないはずだが、
時に山登りが目的化し、
人が何の為に登るのか?は、忘れられてしまうことがあるのは、
途中までは、自分もただ懸命に登るだけだったので、理解できる。


山登りも
航海も

この歳まで生きてくると、
しんどいこともかなりあるとわかる。

旅をどう続けるか、


今だ航路中なため、
夢の島にはどうも辿りつけていないため、
これだ!と大上段な答えをもっていない。

しかし、

山も海も
自分の力ではどうにもならない部分もあることもわかってきて、
ユラユラと揺れる波に、多少動じなくなってきたかもしれない。
いや波や大風があるのが人生と

波乗りサーファーよろしく、
波と戦わないで、乗る技術を磨く視点や、解釈を変更など、
多少世の中の見方を変えて、
いかにこの人生と付き合うか、と、あまり多く期待せず、今のささやかな喜び探しに目を向けてみるようにした、というささやか策が、多少効いているのかもしれない。


旅の中では、
奪いあうより
助け合うのが楽しい


いつか、自分にできることから
自分しかできないことに
旅のどこかで辿りつけたら

きっとそれは幸せなことのひとつなんだろうと想像しつつ…







難病を理解するとは?

  • 2019.04.20 Saturday
  • 22:55


難病を理解するって、どういうことか、
とあらためて先日放送されたNHKハートネット関連の記事を眺めながら、
考えてみたんですが…








あるとき、 医師や、ソーシャルワーカーに、難治性疾患とは?と聞いてみたんですが、
「指定難病」、と返答があって


じゃあ難病は?

「指定難病ですよね」なんですね。

うむ。

保健師方々は、ご存知な方もいらっしゃいましたが。



難病は
もともとは俗称
しかし、制度設計の過程で、行政呼称として、定義ずけられていくわけですが、
難病=希少、と定義することで、
難治性な疾患ではあるんですが、
難病とは認識(社会全般に共有される認識)されない難治性な疾患が出てきてしまう、という矛盾を内包しているように見えるのですね。



逆にアウトラインが設定されたので研究に光があたる、助成しやすくなるという光があたった物体にできる影のような…

疾病で線引きすると、患者が相応な症状で長く生活に支障があっても、
就労支援のための助成金や、障害者総合支援法でのサービスが利用できないケースがでてしまう。


実際に指定難病から外れ、相当困っている難病患者もいて、
指定されていない、障害者総合支援法にも含まないので、
大変苦労されている方々がいます。

言葉が実情をあらわせていない。
が故に、

そう成ってはじめてわかる

トラブルスポット
(困る場所)
が存在している。

困った状態に置かれるゾーン。

そうした疾患はなんと呼ぶのか?
数が多ければ、難病ではないのか?


と、素朴な疑問が浮かびあがるんですね。

そういわれると、それ以上考えにくい、というか、認識しにくい難病がいるのかな?と。

NHKのハートネットの記事によると、

『国は難病を以下のように定義しています。 ・発病の機構が明らかでない ・治療方法が確立していない ・希少な疾病である ・長期の療養を必要とする 』

『さらに、国は基準を設けて、医療費助成の対象を指定しています。患者数が一定の人数に達しないこと ・客観的な診断基準が確立していること

このように、国の難病対策の制度がある一方で、難病についての社会の理解はまだ不十分です。番組には多くの当事者から声が寄せられています。』



難病と指定難病の説明なんですが、
書いてあるものをそのまま転記させていただきました。



理解されていない点とは…


理解されていないところを紐解く必要がありそうです。

あちこちの研究会や勉強会、他の疾患の集まりにいくと、
難病業界では共有されていても、外に届いていない情報があることに気がつきます。


理解されにくい本質といいますか。

そもそも、理解する以前の話にも映るのは、考え過ぎでしょうか?


厚労省のウェブサイトには、





難病という言葉がはじめて使われたのは昭和40年の薬害のスモン病。
薬害から始まったわけです。




医療費助成の仕組みが徐々に始まっていき。最初は4つの疾患からスタート。

最初の厚労省の難病とは?
の説明では。 難病とは

『「難病」は、医学的に明確に定義された病気の名称ではありません。いわゆる「不治の病」 に対して社会通念として用いられてきた言葉です。そのため、難病であるか否かは、その時代 の医療水準や社会事情によって変化します


この点は、当時の治療を含めた状況により、治療法が見つかるのと、そうでないのとの違いの話で、数による線引きではない。

『 …例えば、かつて日本人の生活が貧しかった時代には、赤痢、コレラ、結核などの伝染病は「不 治の病」でした。その当時は有効な治療法もなく、多くの人命が奪われたという点で、これら の疾病はまぎれもなく難病でした
しかし、その後日本人の生活が豊かになり、公衆衛生の向 上、医学の進歩および保健・医療の充実と共に、これらの伝染病は、治療法が確立さ不治の 病ではなくなりました。しかし、治療がむずかしく、慢性の経過をたどる疾病もいまただ存在し、 このような疾病を難病と呼んでいます





さらに審議され、 昭和 47 年の厚生省(当時)の「難病対策要綱」にはにまとめられるんですが、


(1)原因不明、治療方針未確定であり、かつ、後遺症を残す恐れが少なくない疾病。

(2)経過が慢性にわたり、単に経済的 な問題のみならず介護等に著しく人手を要するために家族の負担が重く、また精神的にも負担 の大きい疾病」と定義されています

さらに

『以上から次のことが読み取れると思われます。
1)昔から「不治の病」はあったが、医療の進歩により克服された疾患もある。
2)根本的な治療は困難であり、慢性的な経過をたどる疾患が「難病」である。
3)難病のある人自身や家族の、経済的・身体的・精神的負担が大きい。』

と記載されている。


そして、

『難病のうち症例が少ないことから全国的な規模での研究が必要な疾患として決定さ れたものは「難治性疾患克服研究事業対象疾患」とされています。』



難治性、という言葉が出てくる。




難治性とは?
なん‐じ〔‐ヂ〕【難治】 《「なんち」とも》 1 病気のなおりにくいこと。「難治の病」 2 民心などのおさめにくいこと。 3 むずかしいこと。困難。難儀。 「その条当時―に侍り」〈盛衰記・四一〉


weblio辞書で難治性を調べてみると、

難治性 【仮名】なんちせい 【原文】refractory 医学では、治療に反応しない病変または病態をさす。


難治性と疾患を足した言葉で調べると、

「特定疾患 読み方:とくていしっかん 別名:難病、難治性疾患 ここでも、

特定疾患=難治性疾患=難病

別名として、同じ意味で説明されています。



こうした世間に出回っている定義のあやふやさによって、大多数の中に、不適当な認識が社会に生まれることになる、



これは実際の状況と定義間のエラーと
定義されている元の説明のわかりにくさ。ダブルスタンダードに見える図解や説明になっているように見えます。

直接、それを決める会議に参加でもしない限り、わかりにくい。

失礼ながら、少なくとも、辞書をつくる方々やNHKさんには、間違って伝わるくらいのクオリティになっていると言えます。

そして、 昭和40年代から、難病患者は増えています。また、数字に表れてきていなかった患者が統計上にあらわれるようになってくる傾向は、他の疾患同様にありえる。

そうした社会状況を加味するのならば、難病=希少、は
とばかりは言いきれない。



希少を辞書で見てみると、

「希少な 読み方:きしょうな 数が非常に少ないこと。稀にしか産出・入手できないこと。稀な。貴重な。」


という意味。


希少とは、数が少ないこと、

正しくは、
患者数が希少な難病と、
潰瘍性大腸炎やパーキンソン病、線維筋痛症のような多い難病がある。
対象外としたら、
就労や生活に支障がある方々はいったい今後どうなるのか?

難病患者の就労支援の拡充がそうした、多い患者数の疾病をざっくりと外すための準備だとしたら、

それだけの雇用開拓や、企業にむけた全般的な啓発や啓蒙が実際になされているかどうか




そうした状況でもない中で、
市場に出て行く場合、当事者の体調や企業の雇用環境にも影響が出る可能性を含む。
もしくは、生活保護になる患者が急増する可能性も視野に入ってくる。



さらに、

『このような状況を克服するため、平成26年5月23日に持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律として「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)が成立し、平成27年1月1日に施行されました(図2)』

のですが、

ここで、


特定疾患が、指定難病という表現に変わる。






世の中で語られるがちな難病という言葉の意味が、
指定難病と難病が同じような患者数感で語られがちなんです。


また、

難病の定義への補足記載のなかには、

難病の患者数による限定は行わない。また、他の施策体系が樹立していない疾患を幅広く対象とし、調査研究、患者支援を邁進する』とちゃんと記載はされている。


のですが、



指定難病の数が難病患者の数として、あやまって表記されたり、伝えられたりすることがあるんですね。



このあたりの説明が、ものによってはごちゃまぜに語られてしまっている


因みに、ウィキペディアのなかで、
「…行政や医療の現場では「特定の疾患」を指して「特定疾患=難病」と俗称することもある。…」

と未だに書かれています。

露骨に特定疾患が、難病と書いてあります。たしかに、そうした誤解があって、それがそのまま書かれているとしたら、
ウィキペディア自体は間違いではないといえるのかもしれません。

いつのまにか、


難病は特定疾患、指定難病なんです。
指定難病は、総人口の0.1%以下ですから、

あれ?みたいな。

難病の定義があるのに、
難病は俗称として、指定難病をさす言葉になってみたり、
混沌…。


どのくらいの人がこうした辞書や解説をみて、「難病ってそういうことなんだぁ」と誤った理解をさているのだろうか…。
数で限定されないけど、希少で、
指定難病は難病で、
だから、放送で難病患者数というと、
指定難病の数で伝わると、

意外と少ない
がんと比べるとかなりかなり少なく見えますが、実際は、もっともっと患者数は膨れあがるわけです

ここが理解しにくい点のひとつかな、と。

NHKの番組で、難病=指定難病の数で説明されている放送を見たことがあります。


あらら…。

そうなると、社会のテーマとして、過小に映るんですね。
世の中で共有される難病とは何か?


医療現場で語る、
難治性疾患は指定難病
指定難病が難病、
あれ、やっぱりわかりずらく、見えずらい難病患者がいるなぁ、と。

希少な難病の研究や治療法の開発は重要で、ただ、難病は希少から多数な難病もある。 あるのが医学的な難病なのですが、
そうなると医学界でも難病をうまく共有しやすい言葉が見つかりにくい。

難病は俗称?
希少性が難病でしょ?
特定疾患が難病じゃないの?
それ以外の難病はなんていうの?

いやっ、難病ですが…。
難病の定義や使われ方に死角ができる。












では、
指定難病とは、何か?
『この法律の中では、医療費助成の対象とする疾患は新たに指定難病と呼ばれることとなりました。難病は、

1)発病の機構が明らかでなく

2)治療方法が確立していない

3)希少な疾患であって

4)長期の療養を必要とするもの、という4つの条件を必要としていますが、指定難病にはさらに、

5)患者数が本邦において一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しないこと、6)客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立していること、という2条件が加わっています(図3)。すなわち、指定難病は、難病の中でも患者数が一定数を超えず、しかも客観的な診断基準が揃っていること(さらに重症度分類で一定程度以上であること)が要件としてさらに必要になります。


ここで、

難病の希少と定義の中にあったものが、

0.1%以下、と難病法の中で定義された、


しかし、

それは、繰り返しになりますが、難病の定義ではないんですね。


が、一般的に流通する段階では、非常にわかりにくく、 難病=指定難病

におきかわってしまう場面を散見する。

個人としては、
難病=希少、とすることすら、事実を表現できといないため見直しが必要と感じる。


表現に幅を持たせ、実際的な難病をあらわすように。

そこから必要。

今後どうなるのか、
また、患者が増えた場合、
難病ではなくなるのか?



そうしたことに専門家がきっちりと世の中にわかりやすく整理する過程では、見直しが必要な場合も出てくるだろう。


状況が変わり、または、わかってきた現在に、修正していく過程は、
恥ずべきことでも、秘密にしておくことでも、過去に帳尻を合わせる話でもない。



『難病が理解されない』としたテーマだが、



どう理解されていないのか、
最初の入り口から、実は理解しにくいようになって見える。

他の疾患では、こうしたあやふやに放流された説明をみかけることは、これだけ患者数がいるなかでは、みかけない。

医学的の進歩に関連してであれば、
今後精神科医療の判然としないトラブルスポットが形を変えて存在している点は、AIとiotの進化により、明らかにならざるえないだろうし、
日本独自の閉ざされた場所に対しては、どんな構造も、鎖っぱなしではいられないだろう。


こうした不可思議な説明を意図的に発信しているとは思いたくないが、
巷はコンヒューズしている。


少なくとも、
僕はあちこちでの説明の際に、
自分自身も、実際と、定義や社会認識の狭間で、コンヒューズした。

誤解を受けるには、
誤解を受ける理由がある。



理解されていないのが、
人、個人の理解力のヒューマンエラーなのか、
雇用や生活をサポートする制度や政策、省庁や有識者が担う、システムとしての見直しの時期、あるいは、発信のエラーなのか、



それらから連鎖する企業側にあるのか。
いずれにしても、
実際におこっていることに向き合うことなくしては、困る人々が多数でてしまう。

線引きをしなくてならないのは、制度で保障する過程では、いたしかたない部分もあるかもしれないが、

患者の立場に立ったとき、

自分の手前で線引きされた理由が、
患者の数であった場合、
どんな気持ちだろう。



政策をすすめない理由が、患者数が少ないから民意が得られにくい、となっていたらどうだろう。
歴史的な事情があるのだろうが、 明らかになりにくい数字や、患者数が存在している事実に向き合いたい。

保健関係者や、専門家ではなく、大多数の医療者に難病とはなんですか?

と質問して、おそらく答えることができる人は少ないのではないだろうか。


啓発、啓蒙、修正、見直しの権限はどこにあるのか。

僕個人としては、
せめて、医学として難治性な疾患患者表現する言葉を共有する必要性があると考える。



難病=指定難病=難治性疾患=難病=希少=指定難病=多い患者数の疾病は支援対象ではない=難病=指定難病=少ないぁ=一部の話かな?=社会全体の保障で考えるもの?
と語られてしまう、構図に結びつく。



制度や言葉の谷間にいる難病患者の存在は、
社会の思考バイアスの果ての地か、


その谷には、想像もできない冷たい風が吹きこんでいる。

なんとかしなくては。



難病患者をとりまく環境や状況を理解するためには、


指定難病の数だけ語るのは、実態をあらわせていないだろう。


さほど、民間企業への雇用開拓が進展していないなか、
重症度で分類された医療費の助成が適用外となった難病患者は、治療費を払うためにも、働かなくてはならない。

薬を減らしている話さえ耳にする。


こうした予算、云々の事情を横耳で聞きながら、

飛行機一機100億を100機
オリンピックに3兆円…!?
どこかに道路がかかり、
学校ができるのできないの、

と大量に国税が投入される話を耳にすると、


胸が痛む。ただ、痛む。


難病患者が過小患者数として伝わり、
社会、世間全般には実態が伝わりにくく、世論の認識が高まらないと、
政策にも反映されにくい、
うぅ、胸が痛む。


難病患者全体は増えており、
希少なものから、多数な疾病までいる。


指定難病の数が、難病患者全体の数てでは決してない。





数字合わせや、
前例にばかり合わせていては、
事実を元にした未来は見えないばかりか、
事実を曲げていけば、
やがて、実際とミスマッチな政策により、

我々自身が困ることになるだろう、


我々とは、

僕も、あなたも、これから育ち、生まれてくる子供、国民すべてが対象となる。



病気はある日突然発症する
生活習慣で病気を全て語るのは、危うい。
医師も、看護師も、官僚も、誰もが発症しているし、

誰もが成りたくて成っているわけではない。

ただ、成って初めてわかる制度や言葉の壁や、谷間があることを知ることになる。


誰も責めたいわけではない。




相談の仕事は、スーツを着てましたけど、
心にはずーっと白衣を着てますから。^^;



この心配は、日本人、いやっ、日本に住む、全ての人間への心配なんです。




『難病リワーク』のんびりと時々連載

  • 2019.04.19 Friday
  • 16:51

これから書く物語は、どうなっていくか、どんな終わり方をするか、
いつまで続くか、わからない。
ある難病患者の'働く'をお手伝いさせていただいた、白衣雅人という、難病患者就労コーディネーターを職とし、様々な難病患者とともに、働く、を考え、就職のお手伝いをしたある男の物語である。

話に出てくる人物は全てフィクション。
お話をどのように捉えていただくか、
見る側の方々次第と、ふんわりとした設定ではじまる。



さて、どうなりますか。




難病リワーク』
ただ、働きたいんです。





*『難病リワーク』
は、Amebablogで今後書かせていただきます。興味がある方は、よかったら、のぞきにきていただければとおもいます。

Amebablog 『難病リワーク』
難病re:work


面接は緊張するもの blog

  • 2019.04.18 Thursday
  • 22:55


面接が得意、という人がいれば、

苦手、という人もいる


苦手でも、その懸命さや、緊張感をもってのぞむ、人柄がいいと評価される場合もあります。

あんなに、1人対複数で、
じーっくり評価されるわけですから、
緊張するのが一般的ではないでしょうか。


僕も勿論緊張しますが、
まぁ、今できる準備をしてご縁がなければ、それまで。
次の方が、ご縁、ということもあるので、あまり気にしないようにはしていましたが、
それでも、不採用と言われると、なんだか嫌な気分になるもので、
気持ちの切り替えや持ちようも、こうした採用選考では、準備が必要なスキルの一つでもあるように感じます。


緊張するもんだ、を前提にのぞむ。


それでも、 ただでさえ緊張感がある面接、
できるだけ準備をして

準備をしている自分自身の過程は、どこか無意識にでも安心感や安定感を担保してくれる材料になりそうです。
さらなる緊張感を生みやすい要因は、対処しておきたいものです。

そのひとつが、通院や疾病開示をどのタイミングでするか
僕自身は、面接時の疾患開示、病気の開示はあまりお勧めしていませんでした。


できれば、窓口の相談員から、企業に一言連絡してもらった際に、
通院をしていたり、難病患者方々の場合は、助成金を活用しながら、窓口から開示をしてもらい、
履歴書の特記事項の欄に、端的に記載しておきたい。

例としては、
企業にこうしたことを話すと、
すんなり話を聞いてくれる会社もあります。
企業から言われることが多いのが、

「では、それを履歴書に書いておいていただいてもいいでしょうか。」です。

勿論、こちら側が説明をしているので
同意
のもとに、という話の展開が前提になります。


僕自身は、同意取り方について、会社の人事の方に端的にでも、お話をさせていただいていましたが。

会社もどのように採用時に聞いたらいいか、最初に相談窓口や本人から開示があるほうが、聞きやすくなります。

最初に、口頭である程度伝わり、
さらに、人事や会社の他に面接にかかわる方々も書類に書かれていれば、把握しやすく、共有し、検討してのぞむこともでき、準備ができます。

面接選考まで会社にも、こうした人材が欲しい、とある程度絞りこんでいるため、
いきなり、面接日に開示をした場合、
人事の人も、選考に関わる職員も知らないでは、一か八か感は高まります。

病気理由等で選考しないことは、いけないことになってはいても、
実際的には、 '体調理由による選考はよくありませんよ'と言われて書類選考をしたとして、形ばかりの選考に書類を送る時間や手間は、なかなか消耗します。

こちら側には、会社が行なっている選考の中身までわかりませんし、
わかりにくい為、介入は難しい。

介入したところで、「はいそうですか」と言われてしまえば、それ以上おっかけることも実際的ではないですし、他の理由で選考しなかった、と言われたら、それまで、となる。


勿論、態度や理解に乏しい企業には、こちらから障害者雇用促進法での合理的配慮や、面接選考時の差別等について等、話をする場合もありましたが、
理解がない会社は、やはり入って後も、対応する企業の風潮や風土が醸成していないため、
会社に障害者がまったくいなかったり、
病気を発症した社員でさえ、居ずらい、ということがある可能性も高くなりがちです。

(規模や社員数が大きい会社は、障害者雇用をしている可能性が高く、配慮のノウハウが、人事や職員の中で共有されている傾向がある。また、規模が大きい会社ほど、合理的な配慮のキャパはある傾向があるため、会社選びの際、ちょっと念頭においておきたい。)


そのため、
書類選考や、電話でのききとり、端的な説明の際に、
逆にこちらからフィルターをかける



それでも面接に通過する求人に絞る、
窓口で絞るという方法もある。

ですが、ここで、会社に連絡をしてくれる職員が理解できているか、
端的にでも説明してくれるか、
という、窓口対応のスキルの話が出てくる。

万が一、そこまでのぞめない場合は、こちらで、その準備をし、
相談員に、病気について聞かれた場合は、こう説明してもらう、
を準備し、伝えておくのもひとつの方法かもしれません

お金がかかりますが、
あらかじめ医師の就労に対しての意見書など手元に書いてもらっておき、
ハローワークの職員に見せるのも、有効かと思います。


(*就労の際の医師の意見書、と言っていますが、医師がご存知ないこともあります。わかりやすく先生や、間に病院のソーシャルワーカーが入ってくれているときは、
診断書に、どのような、どのくらいの就業が可能か、を書いていたたく。
ただ、気をつけたいのは、中には、ものすごく詳細まで、
治療の中身まで書いてあるような意見書を拝見したことがありますが、
あまり制限や治療云々と書き過ぎていると、人事も、その書類を見て働けるかどうか、イメージしにくいと、なかなか難しい。医師と'こんな仕事をしようと思う'というある程度の内容は、事前に相談しておくのがいいのではないかとおもます。)
コピーでいいですから、

面接時にも、念のためにカバンに忍ばせておきましょう。


精神障害がある方々の就活の際に、ハローワークでは、医師の意見書を求めています。
それが絶対の判断という解釈はしていないようですが、
目安にしている。

難病患者には基本的には、そうした意見書を求める仕組みになっていないため、
職員の対応もまばらになってしまいかねません。

お金がかかるのが難点ですが、
本格的な就活の際に、念のためにに一枚取得されておかれては、と思います。

医師と話をする際に、
これくらいの仕事を考えていますけど。と、話を事前にふっておいて、
医師に就業の際の医師の意見書をいずれ書いてもらうこと、
根回しをしておくのも有効かもしれません。

仕事の練習として、段取りをしていく。





面接にいき、当日病気を開示する方法もあるが、
うまくいく確率が実感としては低くなるし、形ばかりの面接になるような、相手の態度の変化に嫌な想いすらする場合もありうる。

そうした理解がない会社に入ったとしても、一定理解を得ながら働く環境が整っている可能性は、
最初にフィルターにかけて、通過しま面接にのぞむほうが、消耗は少ないのではないかと考えるし、
実際、こちらから企業に端的に説明をし、

「はい、大丈夫です。履歴書を送ってください」と、

最初のコールで、企業の態度もわかる部分があるだろう。

電話をして、つべこべ、あーだこーだ言う会社は、入ってからも苦労する可能性も高いため、

人事の態度や対応、
話し振りや、電話をした際の受付の電話対応なども、

企業の窓口として、どんな企業の風潮や風土があるのか、
その雰囲気の尻尾を掴むこと
の、ちょっとした情報になりえたりする。


そうしたことも、電話をしてくれた職員に聞いてみるのもいいのでは、と思うが、

対応する人による多少の異なる点はありますから、参考としてちょっと記憶にとどめていただければと思います。

面接に進むことができたら、

または面接を想定して、
職員に面接練習をやってもらってはいかがでしょうか。
1回でもやっておくと、
それなりにシュミレーションにはなる。

疑似体験的な。


想定問答、
やはり聞かれやすいことは、
ある程度準備しておくのがいいと思います。

新卒の方々のサポートもさせていただいていましたので、

新卒の就活の準備は、中堅から大型の就活が多くなるので、
かはり準備は早めに、書類はかなり絞りこむ、まず書類選考を通過する基準まで作成します。

書類を磨けば
ついで面接ですが、

新卒の場合は、20数件に1件の採用がでる程度の採用率なため、
最初から就活のメンタルの準備んしてもらいながら、一緒に中長距離を伴走する感じでしょうか。

専門学校や大学、大学院の難病患者や、精神疾患患者方々の就活のお手伝いをさせていただいていましたので、
新卒の基準は頭に入りました。

既卒の中途採用の場合、
新卒よりは、書類の中身は端的に見えます。

面接の話に戻ります。


中途採用の場合、
とくに難病患者の方の面接のポイントは

来た球を打ち返すように対応する。
面接の入り方とか、スキル的なことは、ブックオフで売っている100円、200円の面接本を数冊目を通しておけばいいと思います。

基本的にクリアしておくスキルは押さえておくとして、


あまり、詳しく話過ぎない、
緊張していると、つい話し過ぎたり、不安があるがゆえに、
説明し過ぎたりしてしまい、
相手が求めている内容からズレかねせん
来た球を打ち返す。 <br /> 端的にまずは求められていることに返答する


あとは

第1印象などの初頭効果は、まあまあ尾をひくので、
最初と、最後は、ちょっと意識をしてのぞみたいものです。

この人と一緒に働きたいなぁ、というシンプルな印象が、なんやかんやいって、面接時は大切な気がしています。



・面接のシュミレーションをしてみる
・あまり話過ぎず、来た球を打ち返すような意識を
・面接でよく聞かれる質問は、準備しておく。病気を開示する場合は、どんな病気か、同意のもとに質問がある場合があります。また、会社によっては、どんな配慮を希望していますか?や、場合によっては、悪くなった場合は、どのような状態になるか、なども質問がある場合もあります。



病気を開示している場合は、
企業としては、あまり長い通勤距離の方は、採用に躊躇いが出ることがある場合もあります。

そもそも、通勤距離や時間は、
毎日の負荷に加算されますから、

通勤負荷は、最初に検討する就労時間や業務内容等の検討時に、その通勤負荷も、初期設定としてこみで検討しておきたいものです。

通勤負荷は、やはりストレッサーでもあることは、
こちらが言うまでもなく、皆さんがお分かりなため、

面接前の応募の段階で、チェックされていて、優先順位として大切に考えている方々が多いと感じます。

面接が終わったら、
聞かれたことをメモにひかえておきましょう。
次回の役にたちます。

最初に、いくらか治療や療養により、ブランクがおありな方もいらっしゃるので、

こういうと聞こえが悪いかもしれませんが


面接そのものも、実践的な練習にもなりますし、
対人での対話は、やはり、人としゃべって距離感が掴みやすくなってきたりする特徴もあります。

時間が空いている場合、
コミュニケーションでのブランク感は、
面接を担当している人事方々にも、ある程度キャッチされる雰囲気が醸し出される場合もあります。

少し、対人、対話ができる環境、就労相談や、友人との対話、
ボランティアや何かのコミュニティをうまく活用して、
そうした、目に見えにくいブランク感を整えていくのも方法かもしれません。


面接で採用まで至らなかったとしても、
もしかしたら、そこじゃなかったことで、他のご縁に結びつくこともあり、
就活のプロセスで通過する体験を経て、働くマインドが整えられていく、




・基本的な面接マナーとスキルは抑えたい
・来た球を打ち返す、感じ
・面接回答は、よく聞かれるものは準備
・シュミレーションをしてみる
・対人に慣れるため、機会をつくる


面接について少し書いてみました、
また、面接、その2を書いてみたいと思います、






求人票の向こう側

  • 2019.04.18 Thursday
  • 21:19


ハローワークの求人票をご覧になったことはおありだろうか。


求人票を印刷し、
相談窓口で、現在の応募状況を調べてもらうことができる


応募者数
採用、不採用などの人数を把握することができる

応募者数が多い求人は、当たり前ですが、横に選考で並ぶ人が多いことを表す。

応募者が多いには、理由がある

求人票から読み取れるだろうか。


業務内容や
賃金
有給休暇… 求人票がいつ出されたものか。


会社がどのくらいのスパンで求人票を出しているか、

求人票を出しても、採用をなかなかしない会社もあるだろうし、

様々な理由により、人手不足で急いでいる求人もある。


なかなか採用をしない会社は、

人材待ち求人
こういうキャリアの人材がほしいと、
ターゲットを固めて、ある程度待ってもいい、と考えているかもしれない。

急いでいる会社は
タイミングがよければ、
会社は早く採用を決めたいと考えているため、

応募者がある程度集まると、
応募を終了することもある。


そうした求人を僕は

タイミング求人


と呼んでいた。

あくまでも、勝手に命名しただけなので、
タイミング求人ありますか?と、窓口で聞いてもらっても。???となるので、よろしくお願いします。


なので、


就活の際は、
1週間に1回くらい求人票をチェックしたい。
あまり頻回でも新しい求人は増えないし、多少増えていても、
ある程度は募集期間を設けているので、
1週間くらいから、
が妥当ではないかと、思います。



インタネットの求人票の番号をひかえて、ハローワークであらためて、印刷をだしてもらうのもいいかもしれません。

雇用条件を求人票で見てみても迷うときは、
それぞれ、

賃金

就労時間

社会保険の有無

残業時間

有給

通勤距離…
それぞれ10点として、
だいたい何点か、採点してみて、求人票の合計点をだしてみて、
少し数字より客観視してみてはいかがだろう。

または、それぞれ興味関心により、
A〜Cと、優先順位を求人票につけてみるのもいいかもしれません。



どんな方が求人票に応募してきているか、知ることはできませんが、

自分がいい、から何でも応募していると、かなりの時間や体力、気力の消耗をおこすことになるかもしれないので、

やはり、
その求人が、
キャリアをアップするタイプの
キャリアアップ求人か、

ブランクからワンナップする
ブランク対策ワンナップ求人か、

ある程度見分けたいところです。



いいなぁ、と思っていたら、
他の応募者10人は、皆、他の正社員からのキャリアアップ組だった
という場合もあります。


すると、やはり、採用の場合、実践や実績を見るところに比重がおかれていることも多いので、

もし、応募者されようとしている方が、
今、いくらかのブランクから復帰する場面の場合は、
現時点から、どのくらいの頂を目指すのが実際的か、

お金は勿論必要ですし、
社会保険もほしい、かもしれませんが、段階的に作戦をたてて、

まずは、あの6合目の山小屋までいく。


そこで体を慣らして、
高度順応をしてから


さらに8〜9合目を目指すか、
他の制度を活用しながら、体調を考えた就労をするのか、

求人票や採用のカラクリがどんな風になっているか、
少し分析しながら、
トライをしていくと、面接に追加しやすくなることでしょう。

面接に通過した、ということは、
もうすでに、雇用という魚は、あなたの餌という、履歴書,職務経歴に反応しています。

経歴でオッケーがでているわけですから、
後は面接対策。



または
疾病の開示の方法やタイミングのポイントを押さえると、
魚は釣りやすくなります。

魚は、例えですが。

また次回は、僕なりの面接対策について断片的ですが、
書いてみたいと思います。



『多様性とバイアスの狭間で』

  • 2019.04.17 Wednesday
  • 07:30

組織のなかで就労相談をしていたとき、
最初にご相談にこられる方々から、
それほど期待をされていないと、個人的に感じる場面があった。


それが、職安への期待薄か、
行政相談へのものか、
自分自身の職責へのものなのか…、


そうした期待薄を、最初の一回目の相談で、ある意味、良い方に期待を裏切らなくては、

おそらく2回目のご相談には至らない。
わざわざ長い予約待ちを経て、話を聞きに来てくださる方々に、
何も持ち帰るものがないようでは、しのぎない。
そして、彼らが希望により病気を開示しながら、これからの働き方も見据えながら、就職ができる、
現場でそうした事例を積み重ねることが、
直接的に関わっていないが、
難病の雇用政策や支援を決定する方々へのメッセージに変わる、と信じていた。

さらに、直接対面するものがもつ
そうした一次情報は、他のポジションと共有されるために、
事実を積み重ねていく。

実績や実際が見えにくい中では、
ゴーサインは出せないだろう。


現実は、ファクトベースでのメッセージでのみ、動く理由を持つ。


時にメッセージにはリアリティが必要である。


公務員をされていて、難病を発症した方が、病気をオーブンにして就職した際に、

お手紙をいただいた


詳細は書けませんが…

「自分ももともとは公務に携わっていたので、半ば相談をしても知れている…と、実は期待をしないで相談に行きました…」

胸が痛い言葉でしたが、

文末に、



「そんななかで、こうした相談窓口があるのだと知り、就職した今、当初はこんなに働けるとは思っていませんでした。信じられない気持ちです…」というよう内容だったかと思います。



相談に来られる道すがら、
あちこちで眺めた風景をカレンダーにし、

ある日、就職してのち、
お手紙とともに'手作りのカレンダー'が届いた。

見た覚えのある交差点、
桜の木々、

相談にこられる道すがらとのこと。

就職前、
どんな想いで写真を撮っていらっしゃったのだろう…

胸がキュッと締め付けられた。



何日も待ちながら相談をしにきてくださる。それ自体、申し訳ない気持ちでしかない。

毎月4〜5人の難病患者方々が就職を決められていたため、
相談は日増しに増えていき、
こんなにも相談、いやっ、困っている人がいるのか、と、背筋が伸びた。



ひとりひとりの相談者は、
それぞれかけがえがない人

一対大勢でも、
相談者からしたら、県でたった一人や二人の相談者。


常に一対一、
人と人、

目の前の方々には、その人を大切に思っている人がいる。

他者に対してのイマジネーションは、巡らせておきたいものです。

結果、他者への想いは、自分の人生への想いにも反映され、見える世界に彩りを付与してくれる…ような…。



ただ、自分自身に自戒を込めて書いてみると、
自分のテリトリーを決め込んで、
次にどうしたらいいかの説明さえしないタイプの相談や対応をする人がいることは残念ながら実感する部分はあるし、
自身も気をつけねば、と思う。
たいてい

専門の窓口がもっている必要な情報を伝えない、という消極的な対応で、
相談者が知らないまま、
相談には乗ってもらえないのか…と、心折れるように、次の相談者に会いにいく。
また他の相談者に相談し、
さらに、あっち、と言われ、
また相談し、

もとのところに戻ってくる…

…ような、まったく笑えない相談対応を散見している。

'たらい回し'

という状態…。


制度の谷間がある状況下では、
支援をしたいがどうしていいやら、手管が限られる事態も生じやすい。

難病患者の中にも、
障害者雇用相当の方々がいるが、制度の恩恵を受けれない仕組みに現時点ではなっていることが浮き彫りになる

また、病気を開示しながら就活がしにくいため、必要として、病気治療をしながら、病気を非開示で就労している人が多くなる。

だから、一緒に働いていても、周りは気がつきにくい場合がある。

しかし、一定の慢性化した症状がある方が多いため、時に痛みや痺れや、倦怠感、そうした症状を口にしないまでも、表情についぞ出てしまうこともある。

すると、やる気がない、など、誤解を受けてしまうケースも散見される。


さらに、そうした、なかなか言いにくい環境での誤解から、次第に人間関係の話に移行し、職場に居づらくなる、

ちょっと話しやすいと、お互いに、ちょっとした理解が生まれ、
通院しやすくなることや、症状への対処がしやすくなることで、
長期な慢性疾患があっても、働きやすくなり、就労継続もしやすくなる。



実際にそうしたケースは見てきた。

就職の相談にいくと、
「病気があることを伝えると働けませんよ。」と言われた。と、
何度となく当事者から耳にしている。

ガーーン。



勿論、就職後の訪問などで、
会社の代表の家族にも、通院をしている方がいらしたり、
人事の身内や、
採用担当者にも、治療をした経験があったり、
なんらかの持病があり、

逆に、'気にしないよう'、諭されたこともある。


治療をしながら働いている方々は、そもそも多い
多様性とクリエイティヴィティは、親和性が高い、だから、難病患者でなくても、そうした多様性のもとに、働ける仕事でシェアするのは、企業の理念の一部です」と、
世界を股にかけるグローバル企業の方と、難病患者の雇用についてお話をしたとき、 多様性と難病患者の就労について、さらりと言われた。
そういった社会的な課題にどう向き合う国であるか、ということと、
クリエーションと親和性が高い経済、は
多様性と親和性が高い、クリエーションと、隣あわせのように巡り巡っているようである。
通院しながら、働く方々が、働きやすい社会や会社は、子育てをしながら働いている母子家庭や、介護をしながら働く介護者、
体調によらず、何かしらの会社の理解や配慮があると働きやすくなる労働者や通院している頻度が高くなる高齢者にとっても親和性が高くなるだろう。



既成概念や固定した観念、経験からくる思い込みや信念などによる

思考のバイアスから少し自由になるとき、疾患や障害により
支援に濃淡がある現状は違和感がある状態であることに気がつくだろう。

そうした状況は、成ってみてはじめてわかる

そうした谷間をどう改善するか。



なんとかしたい…。

しかし、そうした声が内外にあることを、
僕自身は、耳にしてきた。


ここには書けませんが、
無関心な方々ばかりでは決してなかった。
熱心な就労移行支援事業所のスタッフ方々の存在も知った。

そこに希望を感じる。


難病患者の就労が、昔はこんなだったんだぁ、とかつて閉塞感があったことを皆が忘れるくらいの、

働きやすい日常がくることを


かつてはそうだった、と
言える社会をつくりたいものです。

病気になっても、働ける人が、一定の理解の元、働くことに意欲をもって、生きることができる文化が醸成することを願いつつ…。



難病手帳実現へ blog

  • 2019.04.12 Friday
  • 22:47

JPAさんのフェイスブックから引用させていただきました。

神奈川難病連さんでは、昨年、
難病患者の就労支援について、県職員方々も交え、お話をさせていただきました。



以下



「4月8日(月)、衆議院第2議員会館の会議室において内閣府及び厚生労働省交渉を行い23名が出席しました。 要望書に基づいて、今回も内閣府には難病患者の災害対策について。厚労省には主に難病対策、小児慢性特定疾病対策、就労支援の3項目について話し合いを行ないました。      今回、大きなトピックスとなったのは、障害者手帳を保持していない難病や慢性疾患患者を法定雇用率の算定枠に加えてくださいという要望に対して「重要な課題だと認識しており、時期は明示できないが今後対象範囲などの検討を行なっていく」という回答を得たことです。 これまでJPAでは難病者の就労問題において、障害者等を同じく法定雇用率の算定枠に加えることを重要視してきましたが、それがようやく政府に認められた形になります。 法定雇用率に入れる範囲などは今後検討されることになりますので、私たちとしても必要に応じて行政への働きかけを行ないながら検討を注視していく必要があります…」

ここは時間の問題でしたが、

なかなか公然と語られなかった部分でもある。


全国の難病患者就職サポーターの取り組み。

声も中央に吸い上げられ、
より現場から近い声として
聞き取りがなされていた。

中央にもなんとかしたい、なんとかしなくては、と意気を感じていました。


精神疾患患者が雇用率に含められるまで、知的障害の雇用率が算定されたあと10年以上の月日が経過している。

それが、いつか成されることは、
その歴史をそばで見てきた方々には、

それがいつか、

その民意が予算に反映される、具体的な実証が必要だった。

様々な団体の取り組み、

そしてJPAの忍耐強い訴え、話し合いの積み重ねもあり、

歴史の扉が開こうとしている。



難病手帳の基準づくり。
精神疾患の基準ができたのだから、難病もできる。


今から、今迄支援のアプローチに戸惑っていた就労支援機関も、難病の就労支援に本格的に準備を始めるでしょう。

障害者雇用では、配慮の話を企業と話すことが仕組みでカバーされている。

一般就労との配慮の差は
僕の両方就活サポートをさせていただいていた実感としては、


ざっくりといって、

3倍くらいの配慮の差を感じますが、



詳しくは、またあらためて企業に障害者雇用の手帳の仕組みでの就活について、書ける範囲で書いてみたいと思います。


まずは、嬉しいニュースでした。


難病患者の方々にも、障害者雇用相当の配慮、そこを話し合いながら、働くほうが断然働きやすい方々は多いと感じている。


一般就労で働きたい方は、そうした選択肢を挑戦するのもいいだろうし、
難病手帳の仕組みを活用できる方は、そうした選択肢を選べるのがいいのではないだろうか。


ようやく扉から光が差し込んできた。





民意としての、有識者に届く盛り上がり、雰囲気づくりは大切です。
難病患者の働き方、一般、手帳両方の選択肢を含む多様な働き方のテーマを盛り上げていきたいですね。

難病患者就職サポーターからは、一定厚労省に話がいきます。
取り組んだ結果をまとめている。
難病患者就職サポーターも巻き込んで、一般就労と手帳就労のダブルルート、
さらに、在宅ワークの仕組みと雇用の切り出しや醸成、

語る、
声にする
話し合う、

しつこく、上げ続ける。
データで語る。


難病患者の手帳の選択肢は、歴史的変遷として実現は必須。
どのくらいのスピードで実現されるか、注視していきたい。

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