'がん'と'働く'と'イノベーション'

  • 2018.05.26 Saturday
  • 13:45

日本職業リハビリテーション学会の研修会に参加。

講師は国立がん研究センターの高橋都先生で
今回はがんの方々の就労支援について。


日本のがん生存率、2006〜2008年診断症例では、

62.1%


高橋先生は
「今年はもっと高くなると思われます」と話される


治療が変わり、ゲノム医療など、治療は日進月歩だと。

「数年前のがんのイメージに振り回されないようにしないといけません」


…たしかに。
医療も薬剤も、ケアやリハビリテーション、福祉用具、あらゆるものが徐々に進化をし、
数年前とは異なる。

このあたりはAI、iotにより、益々、治療や病をとりまく状況に変化が伴うのではないだろうか。
過大な期待は控えたいが、
すでに、治療可能になる病の予測さえ出始めている。

治療が見つかれば、
難治性疾患は、難治性とは呼ばれなくなる。
治療が成立すれば、難病と言われていても、難病ではなくなる。



治療法を開発途上である病は、効果がる程度ある薬剤や、かなり効果が期待できる薬剤が使えるようになり、
治療をしながら働く選択肢が広がっている方々は多い。





高橋都先生がおっしゃっていた

がん患者をとりまく医療や、治療の事実に'誤解'があるという

医療側から見えるこの5年、10年の変化をどのように伝えるか
こちら側の発信力が問われている

事実をどう共有すればいいのだろうか?

数日前ですが、
がん教育のお話を東京女子医大がんセンター長、化学療法・緩和ケア教授の林和彦医師からうかがった際に、
「来るのを待つのではなく、自身が出て行って、ガンの啓発をしようと思うようになった」とおっしゃっていたのを思い出す、


病院で行われる周知のセミナーには、確かに、意識している人や高い方、困っている方々は来られるが、
それはそれでいいが、そうでない方々にも伝えたいが、しかし、なかなか理解いただきたい方々には伝らない。

そのため 東京女子医大から程近い、新宿駅に出ていって啓発イベントをするようになり、結果メディアも入り、6000人近い来場者に繋がったという。

また、ある時は医療ドラマの監修の際に、そうしたメッセージを、ドラマのヒロインの口からセリフとして話してもらったのだそうで、

その映像も観せていただきましたが、
なるほど、本気になると、様々な方法を通じて社会全般のあらゆる伝わる手段にコネクトできるのだなぁ、と
もはミッションのように取り組まれている林先生の本気さに、絆されたひとときでした。







『関係ない』から『関係ある』視点や、『他人事』から『やや自分ごと』に視点がおきかわるには、
それなりの伝える工夫や
受け止める側のニーズにアクセスする手段のアレンジが必要

まっていては、伝わらないし、
伝えなければ、ニーズには届かない
顕在化したニーズはあちらからやってこられるが、潜在的なニーズは掘り起こすつもり、意識でやらないと
結果には繋がりにくい。

フォアキャスティングばかりでなく バックキャスティングで行動化するところが特徴的か
支援するサイド側が数年前の先入観や、情報を取り遅れた場面、
周りの変化にさえ、気がつかないまま、後追い状態になる場面もありえる。


様々な領域があるが、
それぞれ進化やイノベーションのスピードが異なる。
当たり前にイノベーションを受け入れている世界と、そうでない世界の差は激しいと感じるのは、

ちょこちょことデザインやクリエイター、ビジネス、メディアなどの催しに参加させていただくなかで、
動きや目の付け所、スピード感の違いを実感するところである




がんの新規患者数は、100万人に達し、その3分の1が就労年齢。


多く労働者や職場に関わる問題になる。

ただ、しかし、がんの方々の就労には、「死に直結する病気」という思い込みが、会社と本人の双方にないだろうか?と高橋都先生は言う。

治療も入院から外来へのシフト、平成14年35.7日が、平成26年19.9日と入院期間は短縮している。





後半は
ハローワーク飯田橋の就労支援ナビゲーターからのお話。

「がん」と「しごと」と「私」の関係
と題してうかがえた。

がんセンターや
駒込病院に出張相談をしている。


そうした現場で多い相談は、

・私の状態でも仕事がありますか?

・会社に病気を言わないといけませんか?



平成25年から実施、
全国5拠点のハローワークと病院との連携で開始。
東京や神奈川、兵庫…
現在は平成28年より全国47都道府県に展開し、108の病院と連携(平成30年.3.30)をしている。


東京は、4月からさらに1名増えて、3名の就職支援ナビゲーターがいるという。

相談窓口名は、
『長期療養者就職支援窓口』という名前。




在職中は社労士
在職者はハローワークが対応しているというお話。




職業リハビリテーション学会の学会員なため、今回参加させていただきましたが、 研修で治療と就業の両立の今の話、ニュアンスをうかがい知ることができたことは収穫でした。

相談者の70%は女性、乳がんの患者、 30代から50代の相談者が多い。



がんは男性の方が多いが、
これはどういった理由か?については、直接は語られませんでしたが、
女性が罹患しやすい癌腫の患者数の多さや、背景の支援団体の存在
いろいろながんの支援団体の催しに参加させていただきましたが、
やはり参加者には女性の姿が目立っていたように思いますし、
一年間、プロボノ的なボランティアとして参加させていただいた、ガンの方々の就労相談でも、圧倒的に女性の参加が多かったのを思い出します。

そうした支援団体の取り組みに参加させていただいた経験では

大抵の基礎的な情報は、がん患者方々のサポート団体からある程度シェアされていて、
実際に相談を受けた方々の話なども、多くの方々に共有される場合があり、
今後、相談者が増えるかどうか

相談に至るかどうかは、

相談できる中身、実質によるところとなるのでは、と実感する、

これだけインターネット、SNSが広がった社会では、


ちゃんとやれば反応し
しなければ反応はない。



自ら書いていて、背筋がのび、下腹に力が入る話ですが…

CSVと難治性疾患と

  • 2018.05.21 Monday
  • 22:43



都内で友人がやっている支援者勉強会に参加した。

顔が広い支援者の友人はあちこちの企業に、難病の方々のCSRとしての取り組みの価値について、話をしてくれていたのだと知った。

そんな最中、

難病の方々の雇用や就労にたいして、企業のCSR、いやっ、本業での取り組みにより社会課題を解決する、CSVとしての取り組みが動きはじめたというニュースを目にすることになる。
最初に難病の方々専門に就労移行をはじめた事業所の存在や、

治療を継続しながら、働くことができる方への社会全般の理解、その空気が変わりはじめている。


難病カフェ(リンクは日本経済新聞に掲載された難病カフェの記事)に取り組まれるみなさんや、
発信している団体やNPO、患者会方々のコツコツとした取り組みが、
社会を動かしている


CSVやCSRとして企業の取り組みも、益々ここから先は価値を帯びていくのだろう…


価値を届けよう…

共同通信が伝えるCSR



◎CSVとは…

国内外の企業でCSV(共有価値の創造)が浸透しているからであろうか。
このCSVは米国ハーバード大学のポーター教授が2011年に提唱した概念で、本業で社会的課題を解決することにより、
経済価値と社会価値を同時に創造しようとするビジネス戦略である。
簡単に言えば、CSVとは"社会的課題解決のビジネス化"である。


ひきこもり

  • 2018.05.19 Saturday
  • 18:47







都内は四ツ谷駅下車
日テレを横目に、 千代田カスケードホールへ。
'引きこもり'状態にある方々の'働く'について専門家方々からお話がうかがえるという催しに参加させていただいた。



引きこもりとは、

『「ひきこもり」とは、不登校や就労の失敗をきっかけに、何年もの間自宅に閉じこもり続ける青少年の状態像を指す言葉である。

診断名ではなく状態像であり、幾つか の定義があるが、共通するのは

1)6か月以上社会参加していない

2)非精神病性の現 象である

3)外出していても対人関係がない場合はひきこもりと考える、の3点であ る。』



という点を踏まえ、

『 ひきこもり状態に伴う精神症状は、その経過が、ひきこもり期間や重篤度と平行しており、

ひきこもりから二次的に生したものが少なくない。

主要な症状をおおよその頻度順に列挙するなら、対人恐怖症状(自己臭、醜形恐怖 を含む)、被害関係念慮、強迫症状、家庭内暴力、不眠、抑うつ気分、希死念慮、摂 食障害、心身症状、心気症状、などがある…』内閣府資料より





斎藤環先生によると、

おおよそ150万人もの引きこもり状態な方々がいるとのこと。



150万人…

というと、京都や川崎市の人口に近い人数


主婦や家事をやっている状況の場合、数値には入らないというから、

実際、同様な状況や状態の方々の実態数は膨らむのだろうことは、

登壇した支援関係者の方々の指摘より、想像してみる…




支援機関と
雇用に取り組む企業の方々が複数登壇したため、


同じ'引きこもり'方々に対しての、支援の取り組みとしても、

考え方に幅があることが伝わってくるほど、臨場感があったが、


まだまだ議論や対話を醸成させていく必要がある現場なのだなぁ、と
どこかで見た デジャビュのような感覚が、モヤモヤと立ち込めていた


最初に内閣府の資料から、引用させていただきましたが、


引きこもり状態の方々にも、
様々な理由から、その状態に至っている方々がいることは、


先日参加させていただいた、
催しの中で、引きこもり女子会関係者の女性のお話からも知る内容でしたが

引きこもりになる理由として


a.職場に馴染めなかったり

b.就活が上手くいかなかったり、

c.病気理由

d.不登校


等が理由になることが多いという。


c.病気理由により、とあるが、
病気理由の中にも、

a.あるいは、
b.の就労理由が重なり、

複数の理由により、そうした状況に拍車がかかる、
困難さの重複化がおこる


そうした生活場面でのインパクトのあるストレッサー(ストレスの対象)が、重なれば、益々ストレスは、増え、増強する性質さえもち、
やがて、意欲や気分、モチベーションに影響を与え、

危険を察知する対象には、近づきにくくなるだろう、

安全と感じるものには、近づくことができたり、やれても、不穏や、危険と脳の記憶が認識した物事に対して、
近づくことを回避、
さらに、それらを想起させる場所や、人にも近づくのを回避していくと、
やがて行動範囲は、限りなく縮小していき、自宅以外の場所にはいきにくくなる。


これらは、無意識レベルで認知していく過程でもあり、
回避行動の連鎖がスパイラルしていく

実際は、こうした過程にも、様々なパターンがあると感じるところですが、



そうした状況から変化が生じる過程の最初は、やはり、 スモールステップに取り組むのがフィットするでしょうし、
自己決定や主体的にやれることから、自尊感情が育める環境が望ましいのは、わざわざ書くまでもないことでしょう

斎藤環先生曰く

「対象者が多すぎて、専門家の育成では間に合わないため、当事者がいくらかの学習をし、支援者としてのぞむ仕組みがフィットするのではないか」
という主旨の意見は、

なるほど…と思いながらも
ピアとしてのサポートと、専門家の連携…ある程度、福祉と医療、雇用の視点、さらには心理として気持ちにもカウンセラー相当な対応ができる支援者の存在が重要なのではないかと思いながら、会場を後にした。


NHKの取材も入っていたので、質問などは、会場にこられている、当事者方々がふさわしいと思い、
本日は沈黙。





育成にはとかく時間がかかる。
こうした育成について、
どの支援、全体に通じる話でもあり、
疾病性を捉え、経済の論理、視点をもかんがみ、'両立支援'
いや、トリプル、パラレルな多面的な視点やスキルをもった支援者の育成は、
今後重要ではないかと考える。

勿論、自分自身の育成も省みつつ…





先に書いた、
引きこもりになる理由

c.病気理由

慢性疾患により、生きづらさが増し、
長く自宅で過ごす方々も相当いらっしゃるのではないか…




病気をつたえにくいので、非開示で就職をしたはいいが、
辛いと周りには
いいにくい。我慢して頑張るが、なんとか頑張っても、どうしてもニコニコと迄している余裕まではない場合もある。

顔についぞ出てしまう表情に対して、

やる気がないのではないか?

と、徐々に人間関係の話に変わっていき、

いづらくなって、退職を考える


少し休んで、就活をするつもりが、
病気を開示しにくい雇用に対して、「またああなるんじゃないか」と不安が先立つ、

記憶に張り付いたエピソードは、
それを予期した段階で、自動思考のように、不安を想起する場合がある

脳の扁桃体が、そうした過去の経験に反応し、
次に進む意欲を消耗させていく…




時間がたつと、
人との関わりは経る傾向があり、
益々、人との関わりが億劫になる


人は人や小動物とのスキンシップにより、オキシトシンというホルモンを分泌する、

オキシトシンは、安心や人との信頼感を担保する物資なため、


日経サイエンス・オキシトシン) 少なくなると、

人との繋がりが億劫になる
そして他者を信じる力が減ってしまう

人との繋がりが減ることで、益々繋がりが希薄になることで、オキシトシンサイクルは減少し、



社会への不安と
人への億劫感、
やがて、環境を変え、

脳が使う回路を変えていく


ひとつの出来事が


やがて、『状態化』する




150万人、



もはや、誰にでも起こりうる状況と状態であり、
身内の誰かや、家族、友人や知人のどこかで、ひっそりと暮らしている、

身近な誰かがいてもおかしくは
無いのだろうと想像する。



ガンや、難病、精神疾患同様に


いきづらさをかかえた方々に対しては、


ピアとしとの働きと
専門家の連携
地域でスモールステップにでも、安全にはじめられる機会
信頼感をもって対話の継続ができ、イニシアチブをとりながら、他の支援者とマッチングしてくれる
伴走者の存在。



・・・・・


訪問医療のなかで体験した、経験則ですが、
数々お会いした、引きこもり状態にある方々は、

迷い込みたくて入り込んだわけではない引きこもりの森の中で 焦りや孤独を感じていない方はいなかったように想います

人との会話により、記憶が増えるとフラッシュバックな記憶が増えるだけなので、対話は増やしたくないし、

『全くの一人の時間が長くても大丈夫』
といっていた方も、

それでも、
『離れていても、人肌を感じたくなるんです』といっていたのを想い出す。


また、 数年引きこもり状態だった、Mさん。
居場所を見つけて、
役割を担い、

見えなかった希望を見つけてこられた。

一緒に対話や話し合いをしていたときは、いくら話し合っても、そうしなければならない理由を、探し当てることはできなかったのですが


ひたすら一緒に歩いて、
対話した


やがてスモールステップに、

ひとつひとつ、味見するように、見学や体験をする過程の先に、

居場所や、自分を待つ人の存在の中に、存在意義が他者との関係のなかで生まれ

やがて、人と人の不思議な化学反応のなか、
Mさんは、再び 働く、ことを選んだ。





人生の主体がその方であること
そうしたい理由が気持ちの中に生まれるには、

理屈やスキルも包括した

情と情の化学反応が、
人と人が出会うなかであったまっていく
気持ちの温度みたいものが
あるのだろう…か




登壇者の女性が




引きこもりは、

100者100様

といっていた。


そもそも人は、後にも先にも、その人しかいない、唯一無二の存在であり、

比べる対象はいないのは、共感できる


こうした状況や状態の方々が、何故増えるのか?



私たちは、今の生きづらさを内包する社会と向き合うのならば、

こうした、社会現象といってもいい状況に、向き合う必要があるのだろう。

いやっ、向き合わなければ、
社会の実像を見失うことにさえなるのだろう。バランスを欠いた社会は今のままで維持継続していけるのか…いささか不安になる。



助けあう社会のほうが
潤うのを感じる

心の健康や
人生の豊かさを思うとき、

こうした困っている状況を放置するのか、向き合うのかを考えたとき、


向き合う、オープンスタンスの方が、
人として豊かな判断ではないかと思うのは、
もしかしたら、至極個人としての信念に基づいた話をしているのかもしれない。



レッテル貼りや、バイアスをかなぐった対話。


ファクトベースな対話を大切にしたいものです。










ノック

  • 2018.04.24 Tuesday
  • 18:41


近頃、

SNSよろしく、
'今'の生活の中に、
iPhoneからの振動や音が鳴り、ふいに意識をヒョイと連れて行かれることがある
メールや会社関連のグループライン
うっかりしていると、
1日に何十回もiPhoneの画面をのぞきこんでいる




とかく、近代は、うかうかしていると、電波の繋がりに、頭の中は忙しくなりがちでになる


そうした、チョコチョコとした、電信による刺激過多、
30年前には、考えられないくらい僕らは携帯やiPhone、タブレットの類に気持ちを向けている

人の感覚にとって、全ての刺激はストレスといい変えてみると、
ストレスがなんなのか少し捉えやすくなる気がする
実際に、ストレス耐性が著しく低下した方にとって、テレビから流れてくる音声もノイズに変わり、

ありとあらゆる刺激は
実際には、体には負荷をかけている


日頃見過ごされがちな、電磁波や
車の排気ガスなどの見えにくい要素さえ、目には見えないが、
ジワジワと身体に、時に神経系に負荷をかけていたりする
電車内での不安障害の症状が出やすいことも、電磁波と神経系の反応を考えると、単に閉鎖された空間だから、認知として予期不安が働いている、という解釈にとどまらず、
乗り降りの際に、車内やホーム等の電磁波などに、人により反応しているケースもあるように思えてくる。


しかし、 その負荷という刺激により、
味気ない生活に楽しみがもてたり、意欲につながったり、やりがいや、生きがいを生み出す元になったりもする

が、ノイズが大き過ぎ、キャパシティを超えると、ストレス反応により、身体化現象が伴い、症状となる


僕は、いろいろな物事に名前をつけて、いつでもそうした出来事を捉えやすく、意識の上で捉えやすくなるように名前をつけることがあるのですが、

SNSなどの、生活に急に入りこんでくる今とは直接関係していない音声を


'ノック'

といっている。


ノック自体は、'打つ'こと。
たたいたり、強くなぐりつけることにも、軽くこつんと打つことにもいう。
既にある言葉。

日常に溶けこんだトントンとノックするストレス。 そうしたノック音、ノックストレスが、気がつけばじわじわと増えており、
今になかなか留まりにくい


今の生活に静かに入りこんできた、メールの方が、まだ適度に自分の時間とおりまぜるゆとりがまだあった気もしますが、

今や、ラインにツイッター
Facebook…

友人らのスマホも忙しくノック音が鳴り響く


ノックされた瞬間

気持ちは、あれや、これ、あそこ、に飛んでいきかねず、


時間軸や場所を越え、
今に足場を据えながら、あちこちに意識は飛んでいく


いやぁ、忙しい…


なんと'今'に留まることが難しいことか




人は、過去の体験に引き戻されたかと思うと、未来を想い、不安がよぎる

勿論、楽天的なバイアスやネガティヴバイアスにより、そうした過去にいたり、未来にいたり、は人により異なるでしょうし、多くの方々にとって、未来が不安でないかといったら綺麗事と言われてしまうだろう

時折、ズキッと疼く過去に戻り
安心を求めて、未来に想いを馳せ、
いったりきたり、


マインドワンダリングという言葉がある
過去の記憶を思い出したり、未来を想像したりして、今の状態とは違うことを考えている状態のこと』をいうそう

マインドワンダリングは
心の迷走』といわれていて、ハーバード大学の心理学者マシュー・キリングスワース氏らが2250人を対象に行なった行動心理検査によると、

1日の生活時間の47%、約半分程をマインドワンダリングに費やしているという。



繰り返しになりますが マインドワンダリングとは、過去の記憶を思い出したり、未来を想像したりして、今の状態とは違うことを考えている状態のことをいいます。








最近、週末は、

森や山に居ます。


自然に向かい、

ボーっと、


何もないような時間のなかで、
過去でも未来でもない、
今にただ、たたずむ感じですが、


そこでは、しばし、電気音は退席いただき、風や鳥の音や、


今を見上げるというと、キザないい方ですが、今に立ち止まる感覚のなかで、自分自身と向き合うこともでき

また、自然の木々のフィットンチットという成分により、

ストレスホルモンのコルチゾールが減るといいますから、

コーピングマニア 笑
としては

自然の中に身を浸したくなるわけです





Less is moreという言葉がありますが

「より少ないことはより多いことだ」
「より少ないことは、より豊かである」
という意味合いでしょうか。
大切なことや、
今に時間を割いてみること




大切なことは、実はそれほど多くはないように思えてきます




大事なことに、時間と想いを使いたいものです、 が…なかなか日常的に、とはいかないので、



週末は山や川、海で


ノックをOFFにして潜伏しております。





トントントン♪

『はい、今入ってます。また後ほど…』

では、そろそろ'今'に戻るとします…




35年で47倍

  • 2018.04.20 Friday
  • 23:36
仕事終わりに、法政大学市ヶ谷キャンパスでひらかれた
日本キャリアデザイン学会のキャリアデザインライブへ。
今回のテーマは、 児童養護施設を知っていますか?〜「頼れる大人がいない子」のキャリア支援を考える〜

今回のプレゼンターは HUG for ALLの村上綾野さん。

村上さんは、いくつかのNPO法人と、フルタイム勤務の数足のわらじを履く、パラレルなキャリアを持っている。
HUG for ALL代表理事であり、 2013年から児童養護施設出身者のための奨学金プログラム「カナエール」にボランティアとして参画し、社会的養護が必要な子どもたちが直面する様々な課題に向き合う中で、「安心できる居場所」と「生きる力」の重要性に気付き、2017年に特定非営利活動法人HUG for ALLを設立したのだそうです。

学生の頃、岐阜の児童養護施設でボランティアをしていたことがありまして、 そうした子供や青年がその後どんな生活や仕事についているかと…久々のキャリアデザインライブへ。



児童養護施設とは、様々な事情で家族による養育が困難な子供たちが「生活」する場所。

印象に残ったお話は…

児童養護施設に入所する理由のトップ3、2013年は、

1.親の虐待 (35年で47倍)
2.親の精神疾患等 (35年で2.5倍…)
3.親の経済的理由 (35年で10.5倍に…)

1978年当時、1番多かった理由は、親の死亡や行方不明で全体の40%を占めている

ネグレクトや虐待により、子供たちのセルフイメージ、自尊感情が低くなり…自分には価値がない…私が悪い…となるという

そして、村上さんが
「しんどい子供が増えている」と。

全国に児童養護施設は600カ所あり、約30000人の子供が暮らしている。
次いで気になったのは
児童養護施設の職員の心身の負担…慢性的な人出不足状態にあり、「心が疲れて辞めてしまう…信頼を築いた職員の退職は、子供らの'しんどさ'に変わる…」

村上さんは、そんな、'しんどい状況を変えていきたい'のだと、語る。

語る眼差しや、言葉には、現場と向き合う人が見つめてき緊張感と、暖かさが感じられた

学生の時、児童養護施設のボランティアをしていた、
そんな中で、家族の変わりになれるかも…と一瞬だけ思ったことがあったんですが、 …後に若気の勘違いだったと気がつくわけですが…


そんなに簡単なことではないことを、彼ら、彼女ら笑顔のなかに、時折のぞく寂しげな眼差しに感じ

無条件の愛情を幼少期に感じる、安心な居場所がなかった子供という人を前に、
若さ故の勘違いな万能感が、打ち砕かれ…まぁ、無力感でした

幼少期にストレス状態に長くおかれた子供は、ストレス耐性が低くなる傾向があり、 ストレス耐性が低下しがちの場合、やはり、免疫なども低下しがちになる

社会の中の生きづらさが、家庭にのしかかり、 さらに、子供の'しんどさ'に変わる。 そうした連鎖反応は、 長い時間をかけてジワリジワリと人や社会を傷つけ、 負の連鎖が生じてしまいかねない

村上さんのお話をうかがいながら 様々な制約のなかでも、
世の中をいくらか'しんどくなくする'ためのアクションは起こせるのだなぁ

とふつふつ、




家族や家族を支えるシステムが、実際的に人や家族をどこまで支えることができているのか、



あちこち 場所は違っても
人とサポートの量と質の不足
連携のあり方をどうするか?というテーマが浮かびあがる。
切れ目をいかになくし、本気で取り組むか。

不都合な真実から目を背けない
しんどい子供や、人を置いてけぼりにしない、本気の仕組み作りをはじめていかないと、
人が人を育てる家族システムは、
痛みと傷みの連鎖になりかねない。


ストレス考察

  • 2018.04.16 Monday
  • 23:20

ストレスのセミナーを以前仕事で担当していたことがあります。

当初、セミナーの構成や中身を仕立てていく過程で、

ストレスの説明を聞いても、なんだか抽象的でピンとこない自分がいました。

いったいストレスって何?


医療上がりは、こういうとき、解剖や生理、神経、臓器、ホルモンの分泌、神経伝達物質…どうしてもエビデンスや、
もう少しリアルに、そもそもの話…を紐解きたくなる衝動にかられます。

…個人的な性格によるところが大きいかと思いますが

だから、セミナーのなかで、ストレスが心身に与える影響がどうやって成るのか、神経系や内分泌系、免疫系などのお話から、話をはじめていましたが、


…これはあくまでも私見ですが、
ストレスマネジメントの話は、リアリティがないと、右から左にすり抜けやすいような、どこかで聞いたけど、役にたつ気がしてこない…

話をしている側も実感をもって話ができているといいのですが…



ストレスは人により様々ですが、
ストレスを受け、感じ、認識、察知すると脳の扁桃体という、不安や恐怖を感じたときに、真っ先に反応する脳の一部が、興奮してストレスに対処するように働きはじめます。

扁桃体から命令を受けた副腎という臓器が、『ストレスホルモン』という物質を分泌し、コルチゾールやノルアドレナリン、アドレナリンなどを分泌していきます。

これらの分泌物が身体のあちこちに、ストレス反応を生じさせる

コルチゾールは血流に乗り
脳に辿りついて、吸収されますが、コルチゾールの分泌を調整する働きもあるので、吸収されることで、ストレスホルモンのコルチゾールの分泌を止める働きがあるといわれています。

ストレスが増え、増強すると、このコルチゾールが分泌されつづけて、脳に吸収されないで、脳の一部の『海馬』を萎縮させてしまう。


海馬の役割は、
新しいことを学習する脳なんですが、ストレスホルモンの影響を受けやすく、神経細胞の突起が減少し、結果、萎縮していきます。

先ほども書いたように、海馬の役割は、新しい記憶を覚える短期記憶だったり、記憶の一次保管場所だったりなため、
新しいことが覚えにくくなる。



つまり、ストレス過多な状態になると、 我知らず、ストレスホルモンが体内で増加し、
ひとつな脳の一部の海馬というところにダメージが及び、
日常で必要な、記憶のエラーが起こりやすくなる


うつの症状としてのメカニズムの部分としては、こうしたプロセスがあるので、

細胞的回復という

時間やアプローチが視点としては
取りこぼせない



だから、回復には、時間が必要になるわけです。

気分や根性論ではなく、
細胞的な回復が必要なため、細胞の回復には時間が必要になるわけです。

このあたりの具体性があまり聞こえこない。


海馬がどうやって回復していくのか、
ストレスホルモンが増加しないために、何をどうしたらいいのか?



生きているなかで、
私たちの生活のなかでは、
様々なストレスが増えては消え、
ときに慢性化し長くストレスになる要因と向き合うことになる。


向き合わない、という手段もあるが、大抵、ストレスの類は、放置すると増えたり、増強する性質があるため、

だから、
ストレスに対しての『対処』という、スキルがあり、
それが自らに見合ったストレス対処、
いい変えると、ストレスコーピングといいますが、

染み込むように効果が出てまいります。


しかし、人は遺伝子として、ポジティブだったりネガテイブだったりがそもそもあるというのが、
遺伝子学の発展によら、数種類の遺伝子がうつの発症などにかかわりがあると分かりはじめていますから、


人により、
ストレスへの耐性が最初から高い人がいて、低い人がいるようですが、

じゃあ身もふたもない話じゃないか、
と思われるかもしれませんが。


医学的な対処が必要なところは当面医学にまかせながら、

今できる対処について、対処することで、減らしたり、楽になるものがいくらかある。


できる部分を、やれる部分があることに希望を感じ



僕自身、毎日、染み付いた、ストレスコーピング的な視点での暮らしにより、
僕自身は、たいしてストレス耐性は強くないのですが

多少、いや、かなり楽になっています。

こうしたことを知らないよりは、
知っていて、まぁ、合う合わないもあるかもしれませんが、
試してみるのも、ささやかな希望拡大行動なのではないかと、通勤電車のストレス状態のなかで、これを書きあげた次第です。


しばし、blogに集中でき、
イライラが減っていたかもしれません。


ストレスコーピングレパートリー

  • 2018.04.15 Sunday
  • 12:37

以前、好きな場所や景色を忘れないようにノートに書き溜めていことがある

そのとき感じた嬉しい気持ちは、
時間がたつと、移ろいでいくことも多い。

豊かさを感じる場所や
ロケーションを時折思い出すために、記録にしていたのは、
今思えば、ひとつのストレスコーピングなのかもしれないとさえ、思える。


ストレスは目に見えにくい、
こちらがストレス過多だなぁ、と相手に思っていても、
当のご本人はストレスなんてない。
と断言する人もいらっしゃる

長年連れ添ったストレスは、時に同化しており、気がつきにくい存在に変わって潜伏していることもある
ストレスは、放っおくと、増えたり、増強する性質があり、
そのうち、心身に症状となってあらわれてくる、

それを身体化現象という。


ストレスへの対処のことを
ストレスコーピングといいますが、

仕事がら、様々なコーピングを日頃から試し試し、
コーピングレパートリーを増やすことを意識してやっていたりする

今日は久々に
地元鎌倉の好きなカフェの
好きな眺めを見ながら、
ボケーッと



想いが過去や未来にいったりきたりしがちなこの頃、 '今'に留まるひとときを
好きな場所で堪能してみる



マインドフルネス的といいますか






relation

  • 2018.04.09 Monday
  • 20:53

看護学生の時
心理学者の国分康孝先生の書籍を何冊か読んだ

それは至極個人的で、まったくの内発的な求めからだった。
当時、看護実習などもあって、

特に看護理論とやらが、なかなかスッと頭に入ってこない。
理論により体系化することで、伝わる、伝えていくことの重要性はわかるのですが、
大切なシンプルなことを
難しく考えてるなぁ…みたいな、
まだ看護や医療人としてやっていく覚悟も育っていないときの話なんですが。
'患者と言われる人'とのかかわりを自分なりに模索していたときでもあり、目の前にヌルリと出てくる人生の宿題の糸口を探しながら、'心理'という考え方があることに辿りついている頃でした。
そんななか、
国分先生の書籍に

'relation'という言葉を見つけた。



relation リレーションは 関係性や繋がり、を意味する

relation
リレーションという言葉が、
ストンと内側に滑り込み


以来、自分の全てのあらゆる考えの'起点'といっていいような言葉として、時折出ては消え、振り返ると、とても大切な言葉となっている。


うろ覚えですいませんが、


関係性により 『人は、乗り越えられそうにない困難も、人との関係性の基盤によって、困難も乗り越えやすくなる…』といった趣旨の文章を、国分先生の本の中に見つけ


関係性により対人のケアに影響がある感覚…
読むたびに、何度も横線をひっぱり、 何回か見直しながら、
染み込ませるように読んだ
感銘を受けたあたりは、ごちゃごちゃと線やら、
時にその時感じた感想を、感銘を受けた文章や単語の近くに書きこんでいたので、至極汚れることになる。

国分先生の本は、当時の自分には、汚し甲斐があり、今見ると気恥ずかしいくらい汚れている。

relationという言葉は、
繋がりでもあり、
そこに相手への信頼感や安心感、
関係性により、相手との信頼をベースにした関係性により、それが、 誰かの困難や越えがたい課題に向き合う力に変わっていき、取り組む勇気がムクムクと湧いてくるモチベーションに変わるようである
このしっくりとした言葉が どのくらい確かなことなのか、
現在身をもって生涯実証実験中

そうこうするうちに、今度は、
オキシトシンというホルモンが、
人との関係性がいかにストレスや心の安定に大切かということが、
医科学の力により解明されつつあり、

人とのスキンシップにより
体内にオキシトシンが増えることにより、ストレス物質が減り、また安心感が芽生えることがわかってきた。
副産物もあると言われるが、

自分の'しっくり'をさらに、しっくりとさせてくれる事実が医科学により明らかになり


また、'幸せ'が学問として研究されはじめ、 人との繋がりや絆は、
あるいは緩やかな繋がりは、
人のテロメアという長寿遺伝子にも影響があるらしく、そうしたストレスがまた、体調やストレス増強因子にも繋がっていることがノーベル賞さえ受賞することに至った学者らにより語られたている。


繋がりや、信頼を度返ししては、
医学や治療そのものに価値はあるにしても、
どこか、味気ない。


介護も看護も、就労支援も
ソーシャルワークも
おそらく全ての営みには、


信頼感ある繋がりが必要なんじゃないかとした想いが

そろそろ確信に変わろうとしている




本との対話

  • 2018.04.06 Friday
  • 19:35

お久しぶりです。
ちゃんと書こうと思うと、なかなかblogも時間がかかる、かけるので、


明日の相談の役にたつ、
資料や○○療法、雇用関係の書籍に目を通したい衝動にかられ、
気がつけば、blogの更新が緩慢に、、

なので、ややクオリティは二の次に、
今をそのままアウトプット、
だらだらとした日記のような感じになるかもしれませんが、
お許しおば。


書籍というと、もっかはまっているのが、
行動活性化ガイドブックという
ややぶ厚めな本、
これがまた、今の自分の知的欲求には旬で、実に面白く読め、役にたっている。
書籍は、タイミング
ただ、なかなかの出費なため、
やはり価値はあるとわかっていても、一瞬たじろがないわけではない
ただ、ちょっとした判断の差が、明日の差を生み出していくことを思うと、
また、辛い思いをしている方々の少しでも役にたつことができるならばと、
軽い財布を開く勇気も湧いてくるというもの。
このご時世で、
毎日本を5冊ばかり、持ち歩いているから、カバンは自然と、体力強化の重しに変わる。


何故、持ち歩いているのか?
あまり誰にも話したことはないのですが、
自分が読みたいと感じたタイミングを取りこぼしたくないので、
現在、掘り下げたい資料は、それぞれのジャンルを持ち歩くことになる
心理
雇用
医療
とかく興味をもったもの…

今なら

・『セラピストの為の行動活性化ガイドブック』 ・『THE END of JOBS 』 ・『家族で取り組む強迫性障害克服ワークブック』
・『テレワークで障害のある方をより企業戦力に 』株式会社テレワークマネジメント
・『東洋経済 3月24日号』無期雇用化 同一賃金の衝撃


などが重しになっている

重いと重えば重いが、
体力に変わると思うと、気にはならなくなる。



様々な書籍を昔から読む
ひとつの側面からでは見えないことや、自身の視点が凝り固まってしまうのを解すように、
飽きないように


ただ、
僕自身、
もともとは読書家でもなんでもなく、
初めて読んだ記憶のある書籍といえば、

母が誕生日プレゼントにと、買ってくれたワシントンの伝記

ワシントンの伝記から
正直ものになりなさい、という母からのメッセージが透けて見えた

以来長く本離れ 笑



高校生まで、本離れは続き、
1人で図書館に生き、
進路に迷うなか、手にしたのは、


ゲーテ

アンネの日記

だった。

影響を受けやすい自分に、アンネの日記は衝撃でしかなく、


たしか最後のほうのページに


『もし私が生きれるのなら、人の為に行きたい…』そう書かれていた


訳により異なるのかもしれませんが、
僕の脳裏には、
12歳の少女が、そんなことを考え、思う 心情が痛ましくも切なく


何の苦労らしい苦労もない自分の当時の生活との対比が、想像も及ばない過去の歴史の中の悲しみが
想起され、

影響を受けやすい性格なものですから、

以来、

本当の話なんですが、

『りゅうじの日記』を真面目に書き始めました。(^_^)a

緑のカバーのB5サイズくらいの日記。


最初にこう書いて始めました。


それはアンネに宛てて書いた感じになっていて


何を思ってたのか、

『あなたがどれほど悲しかったか、辛く絶望を感じていたか、
よかったら、僕に力を貸してください。人の為になるようなことに、力を貸してください…』



のような。


多感でしたね~

友達は多く、バレーボール部、部長でエースアタッカーで、
人がいないからと誘われたバンドではボーカルと少々のギターをやっていました…


本当に仲の良かった親友とは、いろいろ話ていましたが、
明るく振舞ってましたが、
人生、どっちにいったらいいんだろと、もがいてましたね


生きて100年の人生で、
もし自分の人生を何かの役にたてることができるのなら、

それも悪くないかなと

だって、アウシュビッツでは、当時住んでいた岐阜の隣の名古屋の当時の人口と同じくらい、200万人もの人の命が失われたわけですから、

まぁ、僕の命って、何だろう…って、思っちゃったわけです…


で、もっとも困っている人の役にたつような仕事をしよう

と、病気や障害がある子供たちのキャンプや、擁護学校にボランティアにいったり

難病の青年の家族の代わりに、レスパイトをしたり、





話をもとにもどしますが、
自分で初めて手にして以来
本とは付き合いが長くなりました。

最後にアルジャーノに花束を、だったと思いますが、


人から聞いた話でしたが、

『知らないなら、知らないのが豊かかもしれない。
知るなら知るほうが豊かかもしれない』

僕は、人生を知る方を選んだ感じですが、'人生に大切なことは多くはない'とも感じています。


が、しかし、

りゅうじの日記は
なんとその後10年近く日記は続き


時々、あの時の身勝手な感傷に満ちた約束が、ふと潜在的な記憶のなかに沈殿しながら、時にふわりと浮かんでは沈みながら、自分のキャリアに影響を与えている価値観の一部になっているんだろうなぁ、と思うわけです。



なぜ…

  • 2018.02.08 Thursday
  • 22:52
仕事終わりに、がんのピア相談のファシリテーターとして参加させていただいているので、
仕事に押されつつ、
押し出されるように一路東京へと。

精神領域の就労支援や難病の方々の就労支援に携わらせていただきながら、
ガンの方々の就労支援も気になって仕方がない


いやっ、精神疾患だとか、難病、難治性疾患だからとか、ガンとか、
自分の中では、あの疾病、この疾病とした区切りはそもそもないのは、
そもそも看護士だからだろうと、
こればかりは、染み付いたものなので、白衣は脱いでも、'染み'なのでとれないし、とるつもりもない。
人が、どんな病気になるかは、誰も選んでなっているわけでもなく、

人がいて

生きて

病気や

心や身体の機能に、使いづらさが生じることがある。
時に生まれながら…

ということもある。




そんなとき、

神谷美恵子さんの本に見つけた

「何故私でなく、あなたが…」

がふと記憶の中から浮かんでくる。



僕は特定の宗教はもっていない。


正月には初詣にいき、クリスマスも祝い、子供の頃おそらく、暫くはサンタクロースも信じていたと思われる。



田舎から引っ越して就職した職場のすぐ裏手が多摩全生園。 樹木希林さんが主演の映画『あん』の中にも出てきた、ハンセン病に罹患した方々の施設があった。

僕は医療者として病名や症状の一部を、ただ単に知ってはいても、 実際に施設の中の資料館に足を踏み入れるまでは、
ハンセン病の方々がどのような環境の中で暮らしていたのか、そのおかれた環境や、状況の厳しさを実のところ知らなかった。


それまで、多摩全生園の敷地に何故か漂う穏やかな空気が好きで、時々散歩をしていた。

映画『あん』にも出てきた定食屋さんでは、時々ランチなんかもして・・ たまたま手にした本に
多摩全生園の名前を見つけた。
その著者が、医師の神谷美恵子さんだったというわけで、
地縁から生じた縁というか
気にしていたから、認識しやすくなり、'引き'があったというか、

'お互い様'

みたいな感じは、医療の大先輩が書き記した手記からの'想い贈り'のひとつとしていただいた。

どこで、誰に言葉が届くか、

人が懸命に生きた言葉は
言霊となって響くのか、残るのか

医科学に半身置くものとしては、ファクトベースで事実を分析する、見据える目を大切といいながら、

心のどこかでは、
うまく説明しにくいことを、どこかで否定もせず、放置したまま生きている


不思議な放置というと…
ある時、
寮で寝ていたら、不思議な夢を見たんですね、
白昼夢とかでなく、実際に見た寝ている間の夜の、色さえ感じるような、輪郭が鮮明な夢。

悪い感じではないのですが、
たしか、普段見る夢とは毛色が違う感じで、
それで、当時、寮の裏が『多摩全生園』だったのですが、夢で見た場所が敷地だったので、行っみたのですね。

それが敷地の、どこかである夢だったので、入って園内をイメージを頼りに歩いていくと、途中から雑木林に入って、道はなくなるんですが

こっちかな?みたいなイメージで進んでいくと、

茂みがぽっかりと空い場所が出てきて、周りからは、わからないようになっていたのですが
ふと見ると、暮石のようなものが数本たっているのを見つけたのですね、

感覚的に、

あっ、これか。。

って…


説明はつかないですが、
夢で見て、

歩いてきたら、

誰にもわからないような場所に暮石を見つけた…

…わからないんですが、


見つけて、
拝んだというか…礼をしてました…。
何か、ここにくるべくしてきたような想いだけが、残り…


不思議だなぁ…


という記憶のフォルダーにしまったままな出来事



たまたま生まれた場所や
医療が発達してたか、途上だったかによって、あるいは、わかりにくいからと、見えていないような場所で生きていかなくてはならなかった方々の
想いを想うと、ただただ悲しくなる。

もし、それが自分の大切な人だったら、
自分だったら…


そうした疾病への誤解や、不認識が生み出す悲しみは、過去のものになっているのだろうか…

人の生の過程で、
今のところ避けることができない
そして、治療が開発段階の疾病は日本にも世界にも数百、数千とあるという
医療や治療が追いついたとき、難病は難病でなくなり、

がんに罹患しても働きつづける方々の存在はおそらく日常に変わる ことを信じ、
未来に期待しつつも


今、自分にできることを懸命にといきたいところですが、


なかなか思うようにはいきません。
懸命、とは程遠いかもしれませんが、
生き抜いた後に、

一言くらい、自分らしい言葉がポロリと残っていると いいな、と思いつつ…









以下


多摩全生園のサイトより

ハンセン病とは… 『 ハンセン病は、1873年にノルウェーのアルマウェル・ハンセン医師が発見したらい菌(Mycobacterium leprae)によって、主に皮膚や末梢神経などが侵される慢性感染症の一つです。
病型にもよりますが、皮膚に結節や斑紋などが生じ、また、末梢神経が障害されることから知覚障害や発汗障害などが生じます。その結果、筋肉の萎縮、四肢などの変形、視覚の喪失などの後遺症による障害を残す場合があります。  しかし、らい菌が感染しても発病に至ることはまれです。また、発病しても現代では、抗菌薬治療を行い、ほぼ確実に治癒する病気となっています。
全世界では現在でも、約21万人(2016年)の新規患者が発見されています。
我が国に関しては年間数名の患者(多くは輸入例)が発見されるのみとなっています。


多摩全生園




映画『あん』 『「私達はこの世を見るために、聞くために、生まれてきた。この世は、ただそれだけを望んでいた。…だとすれば、何かになれなくても、私達には生きる意味があるのよ。」

縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。そのお店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)。ある日、その店の求人募集の貼り紙をみて、そこで働くことを懇願する一人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく…』


サイトより

(*2018年現在は全国上映中ではありません。)

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