気分障害(うつ病)治療と善良な医師と    人生のクライシスに備えて

  • 2013.09.10 Tuesday
  • 22:40


働きすぎでストレス障害となって、

そこから自律神経のバランスに影響が出て

不眠症になり、そのままセロトニンが低下

コルチコイドが過剰に出て

うつ病に変化してゆく


身体的なうつと、心理的なうつへの経過がある

特に悩んでいなくても

体のストレスが溜まったことによってうつ病へと移行してゆく場合

・睡眠のコントロール

・食欲の増進

を初期に薬剤を用いて調整することで

回復が見込める

ただ、睡眠のコントロールの過程で、コントロールがなかなかうまくいかず、

悪化してゆくというパターンは少なくないようである。

睡眠さえうまくコントロールできれば、身体的なストレスによって生じる気分障害を未然に防ぐことができるといえる

自律神経のバランスが障害されて引き起こされるケースの場合は

場合によっては、抗精神病薬の類の薬剤が効果を発揮することがあるといいます

眠気もでるため、睡眠もとれ、食欲も増進(性欲は低下傾向といいます)

よって、脳内のセロトニンの量が増えてくる

寝る ⇒ 食べる ⇒ セトニンUP ⇒ 肯定的・気分が晴れる ⇒ 活動量UP ⇒ セロトニンUP ⇒ 眠気・食欲UP

という流れに戻れる

一度その流れにもどったら

しばらくは内服が必要になる

以前よりのストレスに対しての耐性は低下しているため

どのくらいのストレスまでなら耐えられるか?

季節が変わり、外気温が大きく変わったら? 仕事に戻たったらどうなるか?

あたらしい身体モードの施行期間が必要になる

体調は、よくなる経過を辿りながら、

ときに悪くなり、また回復過程をたどり、そして、再び下がる

下がりながらも1歩1歩前進してゆくイメージ

医者は皆「くれぐれも無理のないように・・」というでしょう

しかし、そのとき患者は「無理とは、いったいどのくらいのことをいうのか・・」と

疑問に思うかもしれない。

しかし、そこは、自分で確かめるしかない。

最初の負荷は最小に、、

具体的には、体を起こす、本を読む、TVを見る、、歩く、キッチンにたつ、、など

少し動けるようになったら、歩いてみる。

最初は室内から、外へ。

周囲を散歩してみよう。

そして距離を伸ばしてゆく。

目的を負荷してみて、『買い物』を少ししてみよう。

感触をたしかめながら。

しばらく同じことを何度か繰り返し、日を過ごしながら

1週間、1週間とやれることを少し増やしてみよう。

そして、自分がリラックスできる作業をやってみる。

この段階にくるのは、周囲がいうほど簡単なことではなかったりする

というのは、『リラックス』という言葉は、目的にはなるが、それがなかなか実は高度であることに、疾病をかかえた人は気づくことになる

病気になって、周囲の環境も、状況も変わり

まず、自分の人生の角度が少し変わっている現実を受け止める作業が必要になる

たいてい、そばでみている限りでは、

その時期はもっとも困難に感じる状況のようでもある

仕事を失い、あるいは、ポジションを失い、場合によっては家族を失う

失うものが多すぎるなか

ポジティブになるために必要なセロトニンもまだ不安定とくる

危うい状況といえる、、

そういう細道をやりすごしてゆくと

いよいよストンと開ける高原のような場所にたどりつくという

僕はそういうのを、メンタルの高原状態といっている。


失うことは実は、楽になっているという状態でもあって、

一度失うことを乗り越えた人間は、以前よりもしなやかに、そして、少しだけ強くなっていたりする

うつ病になったからといって悲観することはない

といっていた人もいた。

『ストレス感知の感度がよくなった』だけ。

あたしい自分との付き合い方がうまくなるにつれ、

あたらしい人生を受け入れられ、楽しめなかったことが楽しめるようになる

不思議な人生のバランスが現れることがあると、、


もちろん、皆が同じようにいくというものではないにしても

健康や人生に謙虚になり、セロトニンをコントロールしながら生きてゆく技を磨きながら

以後の人生を堪能することは、どうやら不可能ではないということを伝えたかったのかもしれない。

いくら僕がこういうことを書いても、

結局自分自身は、当事者ではない。

本当の心中はいかがなものかと思いながら、

少しポジティブに書いてみた。


ここで書いたことは、気分障害のほんの1部の治療過程にしかすぎないだろう。

長く、その過程をもがき、苦しんでいる人もいることと思う。

そういった人の姿も拝見してきながらも

僕は、医師が施す最初の治療のによって、人生が翻弄されてゆくような患者がいることを

書かないではいられない。

精神科の場合、医師によって初期の診たてが異なることがある。

周囲の家族の話しをよく聞く医師

または、聞き過ぎることによって、家族がバランスを欠いているのを見抜けず

それを信じて処方を出す医師、、

背景をほとんど聞かない医師・・・


いくら出版物を書いていても、それが診断が確かなことを裏付ける要素にはなりにくい

人気がある病院が1分間診療みたく、患者の話にほとんど耳を傾けないケースもあるという。
(逆に自信がないから話ばかり聞いている医師もいる・・ことは至極混迷・・)

初期の薬の診たてちがいを指摘する声はあげにくく

たいてい、薬剤の副作用の患者の心身の負担を重くみている医師は、精神科の場合は、どうも少ないように感じるのは、僕の偏見だろうか・・・

(真剣に向き合っている医師には申し訳ないと思いつつ)

多剤併用し、副作用によるものか、疾病の影響なのか、わからなくなり

状態が悪化してゆく例があることは否定できない。


できれば、病院は口コミでたどってゆくのがいい

しかし、精神科の口コミはなかなか希少かもしれない



フラフラな状態で病院を選んでいる余裕すらない状態で、

善良な医師に出会う確率はいかほどか

そういうときに頼りになるコーディネイターなど、頼れたら、

本人はいくらか楽かもしれない。

ただ、そういったコーディネイターと呼べる人は、まだまだ少ない。

医療に通じ、医療のグレーゾーンを知り、限られた時間の中で、有効な治療にたどりつく

患者が病院を選ぶ状況下は、相当ストレスがかかっている状況といえる

まずは、みじかな地域に精通した人から情報を集めてみよう

それでだめなら、専門家に頼ってみるのも、1つの方法かもしれない。


善良な医師との出会いを願いつつ、、


















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